形旅『香取神宮』@千葉県香取市
- 園家 悠司
- 2023年5月4日
- 読了時間: 2分
香取神宮の鎮座する亀甲山は旧香取海に突き出した岬でした。御祭神の経津主大神(フツヌシノオオカミ)は鹿島神宮の武甕槌命(タケミカヅチノミコト)と同様、出雲国譲り伝説で活躍した武神ですが、交通安全の神様としても知られています。香取(カトリ)という呼称は「楫取(カジトリ)=舵取り・船頭」が語源と考えられていることからも、香取海を航行する舟の安全を見守る灯台のような役割が元からあった神社だったのかもしれません。社伝に曰く、香取神社の由緒は紀元前643年(神武天皇の代)から始まるとされており、古事記・日本書紀編纂の折に東北侵攻の前哨基地の位置付けが鹿島神宮とともに付与されたのでしょう。もしかしたら実際の由緒はより古い時代からかもしれないと思ってしまうのは、旧香取海の沿岸地域から多くの縄文土器が発見されているため、元々は香取海周辺で既に発展していた文化圏の中心地が香取神宮や鹿島神宮のエリアだったのではと想像できるからです。
香取神宮の境内図を見ると神宮の周辺に摂末社が点在しているのがわかります。それら一つ一つが小高い丘の上にポコポコとあるのを見るに小さな岬群によって香取の神域が作られているのがわかってきます。入口である大鳥居からは緩やかですが長い長い参道を登って本殿にたどり着きます。また、奥宮は位置関係的には参道を引き返して大分手前側に独立して鎮座しています。これは岬の先端が"奥"であると考えられるからだと思います。岬の下(大鳥居)から坂を登って大きな平場(本殿)に出て、そこから岬の先端(奥宮)へ折り返すという、通常では直線的に奥へ真っ直ぐ進むはずの参道が"岬"という特殊な地形によって変形している面白い事例だなと感じました。また幾つかの岬で境内が形成されているため、その間々に民家があったり畑があったり「あれ?境内から出ちゃったかな?」と少し迷子になります。境内図にも「酒店」と書かれている箇所があるのは笑えます。神宮という重厚なイメージとは少し違う、マイルドで柔らかな雰囲気の佇まいがとても印象的な境内でした。










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